HER2陽性ホルモン陽性のトリプルポジティブ乳がんです。アンスラサイクリン治療をしないことが不安です
2022年1月11日 HER2陽性乳がん
HER2陽性ホルモン陽性のトリプルポジティブ乳がん
全摘、リンパ節郭清をしました。リンパ節転移もありステージ3で
持病があり、先生からはACなどアンスラサイクリン系は心臓への
AC等をせずにドセハーパーだけという治療はされている方を聞い
抗がん剤がドセタキセル一種類だと再発予防には足りませんか?
AC、ECをリスクがあってもドセの後に追加してもらうか、今か
元々のご病気のため、アンスラサイクリン系の薬剤は投与しないという方針について、再発リスクが高まるのではないかとご不安になられているご様子ですね。「持病」 がどういった病名なのかご質問からは分かりませんので、一般論として回答させて頂きます。
HER2陽性早期乳癌に対し、術後補助療法としてパージェタを含む試験としては、APHINITY試験があります。この試験でハーセプチンやパージェタに併用する化学療法としては、アンスラサイクリン系薬剤を含むレジメンにFEC療法(フルオロウラシル[F]、エピルビシン[E]、シクロホスファミド[C])+ドセタキセルか、AC療法(ドキソルビシン[A]、シクロホスファミド[C]) /またはEC療法 +ドセタキセルがあります。一方で、アンスラサイクリン系薬剤を含まないレジメンに、ドセタキセル+カルボプラチンがあります。
つまり、効果の証明されている試験のレジメンには、ドセタキセル以外の抗がん剤も含まれていますので、通常診療では基本的には上記レジメンに従うこととなります。日本ではアンスラサイクリン系薬剤を含むケースがほとんどかと思います。ただし、持病や高齢・副作用のために、アンスラサイクリン系薬剤を投与できない/しない方が安全な患者さんもおられます。
アンスラサイクリン系薬剤を投与しない場合、APHINITY試験での成績(試験開始から6年後の浸潤性癌のない生存率:87.8%、パージェタ併用で90.6%)よりも、効果が低くなることは予想されます。それでも、心臓への負担を考慮すると行わない方が医療上安全、と判断されることもあります。
アンスラサイクリン系薬剤は、心臓の筋肉に不可逆性のダメージを与え、心不全の発症リスクを高めてしまうという副作用があります(心不全や左心室機能低下リスクは3-26%)。そのため、アンスラサイクリン系薬剤の中でドキソルビシンでは総投与量が500mg/m2(体表面積)まで、エピルビシンでは900mg/m2までと上限値が決められています。
また、心血管リスクに影響を及ぼす総投与量は、2017年の米国臨床腫瘍学会で示された250 mg/㎡以上を目安とする報告もあります(https://www.heartlungcirc.org/article/S1443-9506(19)30582-7/fulltext)が、総投与量が250 mg/㎡を下回る量でも心血管リスクに影響を及ぼす可能性があるため(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5825187/〕、この用量以下なら心臓には影響しない、とは必ずしも言えないとされます。なので、元々心臓に問題がない患者さんでも、アンスラサイクリン系薬剤投与を受ける場合は心臓のエコー検査を行ったり、心不全の兆候がないかを診察で調べる必要があります。
ハーセプチンにも心血管リスクに影響を及ぼす可能性があります(心不全や左心室機能低下リスクは2-28%)が、アンスラサイクリン系薬剤と違い、心不全を発症してもハーセプチンを中止して心保護薬を投与すると心機能は元に戻ることが多いとされます。そのため、主治医の先生は抗HER2薬の投与は行うことにされたのかもしれません。
上記の通りですので、心血管へのリスクと乳癌治療のメリットを天秤にかけて、アンスラサイクリン系薬剤を追加するかご相談されてください。その「持病」を元々診察されている別の主治医(循環器内科医師?)の先生がおられるなら、そちらの先生にも相談してみるのも良いかもしれません。ちなみに、TC(ドセタキセル[T]+カルボプラチン[C])+ハーセプチン、パージェタのレジメンは標準治療となります(ドセタキセル[T]+シクロフォスファミド[C]もTC療法と呼びますが、別のレジメンです)。いずれにせよ、主治医の先生とよく相談されてください。再発なく経過されることを祈っております。
文責:呉共済病院乳腺外科 網岡 愛